謎その15「村上水軍は河野氏の家来だったのか?」
定国が伊予村上水軍の祖となりましたが、定国が伊予大島に定着するようになったのは、祖父仲宗と河野親経が協力関係にあったことによります。
そういった経緯から、その嫡子讃岐守清長が河野通清の家来となりました。
清長は来島海峡を臨む亀老山の山頂に隈ケ嶽城を築き、水軍としての地盤を構築していきました。
記事作成 2006年11月10日
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