謎その22 村上氏3代頼冬には嫡子はいなかったが後継ぎはどうなったのか?
頼冬には男子がいなかったので、通信の弟にあたる通吉の子亀千代丸を養子として迎えている。これが日向守頼久である。こうして村上氏は河野氏の一族となった。
その頃、村上氏の館は、大島本庄の奥地田居の台地と、宮窪の二ヶ所にあった。
村上氏と姻戚関係となった河野通信は、伊予大島を配下として手中にし、やがて建暦3年(1213)には新居郡西条庄を確保した。建保6年(1218)には伊予全土の守護職に任ぜられた。こうして、鎌倉幕府と主従関係を結び、支配権を確立していった。
記事作成 2007年10月28日
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