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村上水軍99の謎

尾道市因島の郷土史研究家で歯科医の今井豊さんが、やさしく村上水軍をQ&Aでお答えします。

謎その31 村上水軍は何故敗色濃い南朝方に味方したのか?

 最大の理由は、これまでの記述でわかるように、隣国讃岐を治め北朝方の重鎮である細川氏の侵攻により伊予を蹂躙されたからである。細川氏と対抗していくために言わば「一時の方便」として南朝方に帰順したので、決して後醍醐天皇への忠節心から生じた訳ではない。実際、村上義弘と一緒に主君の河野通尭を支えた今岡通任は、その後北朝方に方向転換している。

 もう一つの理由として「一所懸命」の言葉が生まれるほど徹底した農業重視策を執った鎌倉政権から水軍は軽視されていたことによる。交易や海上輸送を生業とした水軍は、南朝方に味方した悪党と呼ばれた商人層と似た存在であったからであろう。

記事作成 2008年12月18日

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