メイン | 初めての海外公演 ソウルで交流大祝祭 »

歴史を伝える

 瀬戸内海は昔から、人や物、文化が行き来する壮大な交流の舞台だった。とりわけ、戦国時代を駆けた村上水軍の物語は私たちの心をとらえて離さない。水軍の伝統を今に伝えるグループに、しまなみの島々を結ぶ歴史のロマンを聞いた。

 練習は週2回ほど、因島市民会館で行う。ネクタイ姿やラフな格好で職場からかけつけたメンバーの表情も、太鼓をたたくうちに精かんな水軍の顔へと変ぼうしていく

「ドンドコドンドコドンドンドン」─この勇壮なリズムが、瀬戸内しまなみ海道の島々を舞台とした村上水軍のロマンを伝えているのです。

○因島村上水軍陣太鼓保存会

 『因島村上水軍陣太鼓』は、水軍ゆかりの太鼓のリズムを現代風にアレンジし、伝統の力と今を生きる喜びを表現したものだ。腹の底まで響く大太鼓と小気味よい響きの小太鼓が織りなすリズムに、笛や法螺(ほら)貝の音色が加わり、演者たちの勇壮な動きとあいまって、水軍出陣のイメージを鮮やかに表現する。主宰者の岡村俊典(おかむらとしのり)さんが陣太鼓に出会ったのは25年前までさかのぼる。因島市土生(はぶ)町の大山(おおやま)神社の祭りを盛り上げようと太鼓の練習に取り組んでいた時、郷土史の先生から村上水軍の兵法書『一品流水学集(いっぽんりゅうすいがくしゅう)』を教えられたのだ。水軍が陣形を整える時や士気を高める時に太鼓でリズムを取ったことを知り、イマジネーションをかきたてられた。

 出陣から合戦、凱旋(がいせん)までのストーリーを、現代的な激しい動きとリズムで表現し発表すると、瞬く間に応援する人たちの輪ができた。評判が広がり、岡村さんは伯方(はかた)島や岩城(いわぎ)島にも太鼓の指導に招かれた。「どの島にもドンドコドンドコドンドンドンという、村上水軍独特の太鼓のリズムがある。これこそ、水軍によってしまなみの島々が結ばれていたあかしですね」

 因島村上水軍陣太鼓は4月30日の前夜祭など、『しまなみ海道'99』 のイベントにも引っ張りだこだ。
 「もうすぐ村上水軍の島々に橋が架かります。これを機会に、水軍は海賊ではなく、瀬戸内海の安全のために働いた水先案内人だったことを全国にアピールしていきたいですね」

因島村上水軍陣太鼓の関連イベント…「しまなみ海道水軍歴史絵巻・因島炎の祭典」8月28日・29日/因島土生港、因島アメニティ公園会場

現在メンバーは20人で、公演などで披露するのは14人ほど。市内にはこのほかにも子どもや女性、職場や学校のチームがたくさんある。

※この記事は広島県グラフ誌「すこぶる広島」1999年5月号より転載させていただきました。

因島水軍太鼓について

 昭和49年に村上水軍の兵法書「一品流水学集」に記された鼓譜を基に、現代風にアレンジして再現した も のです。船団が出陣の合図でほら貝を吹き、太鼓の音に合わせて船を進め、また太鼓の合図で戦法を伝え陣形を作ったとされる当時の因島村上水軍の活躍を表現しています。

 代表曲の「胡蝶の陣」(こちょうのじん)は因島村上水軍の戦法の中でも最も恐れられた陣形から名前をとり、あたかも蝶が舞うが如く軽快にそして勇壮に戦った姿 を表現したものです。

 平成4年には、新しい取り組みとして、水軍の凱旋の時の踊り「村上水軍 跳楽舞」(むらかみすいぐんちょうらくまい)を復活させました。戦いに勝った事を島民達と一緒に祝うリズミカルで楽しい踊りになっています。